熊本県と隣接する鹿児島県伊佐市には、かつて明治時代の近代化を支えた水力発電所の曽木第一・第二発電所が稼働していた。
第一発電所は洪水に巻き込まれたため現存しないが、第二発電所は役目を終えてダムに沈んだ今でもなお当時のレンガ造りの建屋が保護されており、鹿児島を代表する観光名所の一つとして脚光を浴びている。
曽木発電所の歴史
1907年、今のチッソの創業者である野口遵(のぐちしたがう)によって川内川の右岸、曽木の滝の400m下流に曽木第一発電所(最大出力800kW)が建設された。
ここで生み出された電力は、大口村(現:伊佐市)にあった3つの金山の動力源や周辺の町村の電灯用に供給されたほか、余剰電力を使って熊本県の水俣村(現:水俣市)にカーバイド(漁船や車の点灯用燃料)を製造するための工場も建設されたという。
しかし、1909年9月の洪水で第一発電所は大きく破損してしまったため、同年11月には発電所の廃止届が出されている。
1909年10月には、滝の1.5km下流に曽木第二発電所(最大出力6,700kW)が完成し、ドイツのジーメンス社製の発電装置が導入されたのに加え、約1.5kmにも及ぶ導水路が建設された。
「曽木発電所から学ぼう」案内板より切取・引用
しかし、曽木発電所のすぐそばを流れる川内川では1954年8月・1957年7月と度重なる洪水が起こったため、下流に洪水対策・発電を目的とした鶴田ダムが建設されることになった。
1965年、鶴田ダムの完成に伴い第二発電所は湖底に沈んでしまったが、1999年になって市を中心に国や県、NPO等が遺構の保護のための取り組みを始め、2004年には鶴田ダム管理所が掘り起こしなどの補修工事を実施している。
その後、2006年には国指定の登録有形文化財になり、今では毎年ダム渇水期の5月~9月の間のみダムの底から姿を現す幻のスポットとして数多くの人に知られるようになった。
遺構は復旧作業中
遺構のすぐ後ろには無機質な鉄骨の通路があるが、これは修復作業のための足場。
もともとこの遺構はもっと外壁が残っていたのだが、令和3年7月豪雨の影響で倒壊・流出してしまった。
現在は流出した外壁の回収などが行われているようだが、以前の姿に戻るには数年かかると言われている。
今日のあとがき
ダム湖の中にある建物なので内部への立ち入りはできませんが、どこか幻想的でジブリを彷彿とさせるスポットでした。
周辺は自然豊かな林が広がっていて毒キノコも生えています…。
スポット情報
曽木発電所遺構展望公園
所在地:鹿児島県伊佐市大口針持
駐車場:有り(無料)
営業時間:特になし
料金:特になし