日本の名城「熊本城」へ!地震から6年、どれだけ復旧したの?~コロナ禍の熊本旅行記(1日目・後半)~

44.熊本県

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2022年7月23日午後。

せっかく熊本を訪れたとなれば、代表的な観光地である「熊本城」へ訪れたいところ。

▲ 加藤清正公像

熊本城は慶長12(1607)年、肥後熊本藩の加藤清正によって築城されて以降、400年余りにわたって熊本を見守ってきました。

ですが、400年間何もなかったという訳ではなく、時には戦乱や自然災害に巻き込まれたこともありました。

天守閣を含む多くの建物は明治10(1877)年の西南戦争により一度焼失しており、特に2016年に発生した熊本地震では、テレビや新聞で無残な姿になった熊本城を目の当たりにした方も多いことでしょう。

地震から6年が経ったこの時、熊本城はどこまで復旧したのでしょうか。

熊本城(熊本県熊本市中央区)

近くのコインパーキングに車を停め、ここから先は徒歩で熊本城へ向かいます。

周辺では復旧工事が行われていて、あちこちに工事用の土嚢やフェンスが設置されていました(写真は地震で崩れた熊本城の石垣を保管している場所)。

地震で大きく石垣が崩れた戌亥(いぬい)櫓も解体中。
この記事を書いている2023年末現在には櫓の解体は完了し、石垣の修復に入っているとのこと。

宇土櫓も外壁が剥がれ落ちる等の被害に見舞われ、宇土櫓と繋がっていた続(つづき)櫓も地震によって完全に倒壊してしまいましたが、こちらはすでに解体されている様子。

なお、宇土櫓は2024年初め頃に解体工事が行われる予定となっています。

熊本城の天守閣は1960年に鉄筋コンクリート造りで再建されたもので、地震によって倒壊することはありませんでしたが、それでも瓦のほとんどが落ちたり石垣が崩れたりしました。

地震から5年経った2021年に復旧が完了し、地震にさらに強い城へと生まれ変わっています。

天守閣の内部やその周辺も開放されており、そちらの方は入園料800円を支払うことで立ち入ることができる模様。
せっかくなので行ってみることに。

天守閣へ

北口発券所にて入園料を支払い、天守閣へ続くスロープを登っていきます。

その途中、悲惨な状態で佇む建物が。

元々はお土産や食べ物などが売られている休憩所だったようですが、地震によって崩れた隣の石垣が店を直撃し、外壁は完全に破壊されています。

ここ熊本市中央区は、1回目の地震で震度5強、2回目の地震で震度6強の揺れを観測した場所。
いかに当時の揺れが凄まじいものだったかを物語っています。

天守閣前広場に着くと、そこには立派に蘇った天守閣の姿が。

なお、天守閣の中は階層ごとに熊本城の歴史を学べるようになっており、上へ進むごとに時代が進んでいくようになっていました。

さらには熊本地震で被災した熊本城の様子を再現した模型も展示されていて、精巧に作られているなと感心する反面、あの時これだけの被害が起こったのだなと思わせられます。

そして最上階からの景色は、熊本市街地を一望できる見事なもの。

地震から6年。
天守閣は完全に復旧して元の姿を取り戻していましたが、城全体の復旧はまだまだ道半ば。

すべて元通りになるのは2052年度の見込みだそうですが、完了した暁にはぜひまた訪れてみたいところです。

旅亭 松屋本館(熊本県熊本市中央区)

今回お世話になる宿は、「旅亭 松屋本館」という旅館。

創業から約70年の歴史を持つ老舗です。

部屋の中は和室と洋室がセットになっており、Wi-Fiまで完備している至れり尽くせりな感じでした。
これだけ設備が整っているので、宿代は4人1部屋のプランで12万あまり。

テレビを点けてみると、熊本でのコロナに関するニュースが報道されていました。
この日、熊本県の新規感染者数は3,700人余り。第7波の影響はかなり大きいようです…。

晩ご飯はコース料理となっていて、熊本の名産である馬刺しと馬肉を使った焼肉が印象的でした。

特に馬刺しは生肉そのものなので「これ生で食べられるの…?」と思ったりもしましたが、意を決して食べてみると意外とイケるお味。

肉なのにほんのり甘味を感じるところは何とも不思議です。

食後に何気なく窓を覗いてみたところ、非常に眺めがよく、熊本市街地の夜景が望めました。

そしてクーラーの効いた空間で、ふわふわな布団にくるまって寝る…そんな至高のひとときを堪能しながら、1日目は眠りにつくのでした。

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今日のあとがき

スウ
スウ

この日の夜…なぜか急にのどが痛くなったので、旅先でコロナ発症かと思って怯えていたのですが、寝たら治ったので気のせいだったようです。

本当に良かった…。