ひとくちスポット紹介
スポット名 | 天保山公園 |
所在地 | 〒552-0021 大阪府大阪市港区築港3丁目2 |
概要 | 大阪の水族館「海遊館」のすぐ近くにある公園。 園内には日本一低い山といわれる「天保山」があり、気軽に訪ねることができる。 |
天保山公園へ
2023年10月9日、天気は曇り。
今回紹介するスポットは、大阪府大阪市港区にある「天保山公園」!
大阪屈指の水族館「海遊館」から6~7分ほど歩いたところにある公園で、園内には日本一低い山といわれている天保山があります。
その標高は驚きの4.53mと、異次元の低さ。
けれども、一応「山」の括りではあるので、少しぐらいは登るでしょ・・・と思いきや
そんなことも無く、あっという間に山頂に辿り着きました。
山らしい傾斜は皆無で、体感ではただ公園を歩いただけです。
そしてこれが山頂の看板!
こじんまりとしてはいますが、実際に来てみるとちょっと特別な気分になります。
何はともあれ、過去最大級にスムーズな登山でした。
ちなみに公園には展望台もあるのですが、おそらくこっちの方が山頂よりも標高は高いです。
天保山の歴史
天保山の歴史は江戸時代まで遡ります。
ちょうど防潮扉に説明があるので見て行きましょう。
天保山のすぐ近くには「安治川」が流れていますが、この川はいまの大阪湾から大坂市中へ向かうにあたって重要な航路となっていました。
ただ、当時この川は淀川の本流であったため、川の流れに乗って日々大量の土砂が運搬されてくるのです。
なので、船が座礁したり洪水が起きたりしないように土砂をすくい出さなければならず、天保2(1831)年から約2年間かけてその工事が行われました。
これを天保の大川浚(かわざらえ)といいます。
この工事で出た土砂を積み上げたものが、今の天保山なのです!
当時の標高は約20mほどで今の4倍余りに相当しますが、ある時から標高が下がっていきます。
最初のきっかけは、安政元(1854)年にロシアの軍艦がいまの大阪湾に現れたこと。
これによって河口を守るために砲台を天保山に設置する動きとなり、大きく山が崩されました。
結局この砲台が実戦に使用されることは無く明治時代になって破棄されましたが、標高は約8mほどにまで低くなってしまいます。
さらに、第二次世界大戦後になると高度経済成長に伴う開発による地下水のくみ上げが原因で、昭和46(1971)年に7.1mだったのが昭和52(1977)年には4.7m、平成8(1996)年には今の4.53mと、どんどん低くなります。
こうして、天保山は図らずも日本一低い山の座へ就くこととなりました。
天保山よりも低い山がある!?
これまでは「日本一低い山と言えば天保山」とされていましたが、2024年現在では、宮城県仙台市にある日和山が日本一低いとされています。
日和山の標高は3mと天保山よりも約1.5m低いですが、以前はもっと高い山(標高6.05m)だったのだとか。
平成23(2011)年の東日本大震災の津波によって山体が大きく削れたことで、今の標高になったとの事。
とはいえ、天保山は国土地理院の二等三角点が設置されている山の中で日本一低い山と位置付けされているので、今でも“日本で一番低い山”という扱いはあながち間違いではないのです。
まだまだ現役。
登頂証明書の入手も忘れずに!
実は天保山には登頂証明書があるらしく、天保山商店会の加盟店にて無料で発行してもらえるようなのです!
・・・ですが、今回僕がこれを入手することはありませんでした。
ちゃんと登頂証明書があるとは知らず大阪を発って数か月後、この記事を執筆している今更になってその存在を知ったのです。
天保山に行かれる際は、ぜひとも登頂証明書を発行してもらうことをお勧めします。
今日のあとがき
海遊館の待ち時間を潰すにはちょうど良いスポットかも!
個人的に、大阪に行ったら天保山を一目見たいとずっと思っていたので、夢が叶って嬉しいです…!
スポット情報
スポット名 | 天保山公園 |
所在地 | 〒552-0021 大阪府大阪市港区築港3丁目2 |
営業時間 | 特に無し |
料金 | 特に無し |
トイレ | 有り |